旧中山道(坂本宿~碓氷峠)




旧中山道の横川から軽井沢までの、峠越えの道を歩いてきました。
坂本宿から碓氷峠まで、標高差約700mの峠道は長く緩やかな登りが続き、
昔の面影を残す旅籠や石碑、史跡の多い、新緑いっぱいの道でした。


2013.5.14
(火)
 横川駅坂本宿
入口
碓氷峠道
入口
「覗き」北向
馬頭観音
入道くぼ「子持山」碓氷峠
熊野神社
吊り橋軽井沢駅
晴れ  09:15着
 09:20発
09:5510:30
10:45
11:30
11:40
12:3013:30
13:55
14:2015:15
15:45
16:2517:35着
18:10発



旧東海道を踏破し、現在は旧中山道に挑戦中の旧街道歩きが趣味の親戚(?)Oさん。
碓氷峠越えは山道が多いとのことで、今回は私もお供させていただくことになりました。


峠の釜めし おぎのや
【峠の釜めし おぎのや】

大昔、夜行で利用した信越線は、今は横川までしかないとのこと。

その横川駅で下車すると、すぐ駅前に「峠の釜めし」で有名な「おぎのや」がありました。

若い頃、この焼き物の小さなお釜を持ち帰り、山行前夜おにぎり用のご飯を炊けば、ちょうど2個出来た思い出があります。

駅前から県道に出て、左へ進むと古い土蔵や診療所など、ちょっとタイムスリップしたような家屋がありました。

少し行くと碓氷関所跡が右上にあったので寄って行きます。門の中には、平らな石に手をついて通行の許可を受ける「おじぎ石」と呼ばれる四角い石が置かれていて、小さな資料館がありました。

碓氷関所跡
【碓氷関所跡】

「薬師堂」や「薬師の湧き水」の横を通り、国道に出て振り返れば、妙義山のシルエット。
殆ど車の通らない国道を進むと、工事中の脇に「中山道 坂本宿」の大きな門がありました。


妙義山
【振り返れば 妙義山】

中山道坂本宿
【ここからは 中山道坂本宿】

上の本陣 佐藤家
【上の本陣 佐藤家】

坂本宿に入ると本陣跡や旅籠らしい家屋が並び、至る所に案内板が立っています。

正面に見える急な小山をこの先越えることになり、後になって「刎石山」と分かりました。

坂本宿時代の代表的籠建物「かぎや」。
およそ370年前に旅籠を営み始めたとのことで、古びた看板や出梁の下の透かし彫りなど、昔の面影が残っています。

その先でも小林一茶の定宿「たかさごや」、芭蕉の句碑など見ながら歩いて行きました。当時は俳句・短歌などが盛んだったようです。

坂本宿の面影残す「かぎや」
【坂本宿の面影残す「かぎや」 (拡大)】
坂本宿 屋号一覧
【坂本宿 屋号一覧 (拡大)】

坂本宿屋号一覧を見れば、街道の両側にはずらっと旅籠が並んで、壮観。

参勤交代の行列や和宮降嫁の3万人大行列が目に浮かぶようで、当時は大賑わいだったのでしょうね。今は、たま~に車が通るだけ。人影すらありません。


中山道口バス停のある碓氷峠入口に来ると東屋があり、大きな旧中山道案内図がありました。
等高線を見れば最初に急登がありますが、後はずっと緩やかな登りが碓氷峠まで続いています。
ここから山の道。私はわくわくですが、Oさんは慣れない山道にちょっと緊張気味?のよう。
この峠越えの道は「熊に注意」看板が多いそうでOさんは熊鈴をザックに下げて出発です。


碓氷峠 入口
【碓氷峠 入口】

旧中山道案内図
【旧中山道案内図 (拡大)】

最初は植林の急登で、「堂峰板所」や「念仏百万遍」を過ぎると、少し緩やかになりました。

広葉樹林になると、またちょっと急登ですが、新緑になったので気持ちよく登って行けます。


新緑の急登
【新緑の急登】

やがて「柱状節理」。火成岩が冷却し柱状に割れた岩で、何やら素晴らしく芸術的な岩です。
「大日尊」「南無阿弥陀仏」などの石碑を過ぎると、石垣のある岩ゴロゴロの道になりました。
「刎石坂」という、碓氷峠で一番の難所。昔の履物では歩き難かったことでしょうね。


柱状節理
【「柱状節理」】

刎石山
【刎石山の石垣の急登】

岩ゴロゴロの急坂を上がると「覗き」で、ここからは先程歩いた坂本宿が一望できます。
真っ直ぐ伸びる街道。昔の人は様々な想いを抱いて、ここからの宿場町を眺めたのでしょうね。
「風穴」の先には、弘法大師に教えられて掘ったら湧き水が出たという井戸があります。
この標高での水は尾根上で茶屋を営む村人に喜ばれ、「弘法の井戸」と呼ばれたそうです。


「覗き」から見る坂本宿
【「覗き」から見る坂本宿】

弘法の井戸
【「弘法の井戸」】

刎石山から先は広く平坦な尾根道になり、ここには四軒の茶屋があったそうで、林の奥に石垣が残っています。

この先には平安時代の碓氷坂の関所跡があったようで、案内板と東屋がありました。


旧中山道 四軒茶屋跡
【四軒茶屋跡】

四軒茶屋跡を過ぎると広葉樹林になり、ここからもまた新緑の気持ちのいい道です。
旧街道というより登山道という雰囲気で、ルイヨウボタンなど咲く楽しい道になりました。


旧中山道 新緑の道
【旧中山道 新緑の道】

ルイヨウボタン
【ルイヨウボタン】

旧中山道 堀切
【ヤマツツジ咲く道】

やがて道が狭くなり、両側が掘り切られた「堀切」という所に来ました。戦国時代の防戦場所とのこと。

そこを過ぎると、ヤマツツジがあちこちで咲いて、緑に朱色が鮮やかです。


山肌をぐるっと回り込む山腹道。昔は険しかったであろうここは山賊なども多かったそうです。
南向馬頭観音と北向馬頭観音が安置され、その先でユキザサが白い花を咲かせていました。


南向馬頭観音
【南向馬頭観音】

ユキザサ
【ユキザサの咲く道】

逆ルートで軽井沢から碓氷峠まで上がってしまえば、あとは緩やかな尾根下りが続くので現代では山賊ではなくMTBが走り抜けていました。


MTB
【振り返り見るMTB】

枯れかけた大木を見上げながら進むと、小石や落ち葉の坂道「座頭ころがし」。
昔の装備で更に目が不自由となれば、この滑りやすい坂道はかなり難儀したことと思われます。


大木
【大木】

座頭ころがし
【座頭ころがし】

次は明治天皇御巡幸道路と中山道とが分かれる場所、「栗が原」。
群馬県最初の「見回り方屯所」があったそうで、これが交番の始まりだそうです。


栗が原
【栗が原】

旧中山道
【旧中山道】

旧中山道 植林帯
【植林】

また植林帯になりましたが、ここの植林は手入れされているのですっきり明るい雰囲気です。


「山中茶屋跡」は平坦な広尾根にある茶屋跡。350年前には13軒の立場茶屋があったそうです。
明治の頃には小学校も出来たようで、当時の中山道は相当賑わっていたのですね。
上り坂になり、登って行くとなんとバスが放置されていました。トトロのネコバス・・・


山中茶屋跡
【山中茶屋跡】

山中坂
【山中坂の上には放置バス】

山中坂を上がりきると「子持山」や「陣場が原」の案内板があり、道は二手に分かれています。
右は和宮降稼の際に整備された「和宮道」で左の旧中山道へ進むと唐松の青緑がきれいでした。


子持山
【「子持山」】

旧中山道カラマツ林
【旧中山道 唐松林】

途中に小沢があり、ここは峠町へ登る旅人が身だしなみを整えたという「化粧水跡」。
その先から、またちょっと長い坂になり、上がった所に「長坂」の札がありました。
道端には花も葉も大きい紅白のミヤマエンレイソウが咲いていて、タチツボスミレも大きい。


長坂
【長坂】

ミヤマエンレイソウ
【ミヤマエンレイソウ 紅白】

長かった峠道も、登りは長坂で終わり。平坦な道に出ると、「仁王門跡」や「思婦石」がありました。

ふと見ると、鼻曲山への道標。何やら登山道があるらしい。地図がないので分からないけど、この辺りにも「山」があるのですね。(笑)


「仁王門跡」「思婦石」
【「仁王門跡」「思婦石」に鼻曲山への道標】
碓氷峠 力餅
【碓氷峠 力餅】

少し先で碓氷峠の茶店通りに出ました。
早速、「力餅」タイムです。

名前のイメージから、大きなお餅がお皿にドン!と盛ってあるのかと思いきや、出てきたのは上品な一口サイズのお餅。Oさんは「くるみ餅」、私は大根おろしが好きなので「からみ餅」です。


茶店通りを少し進むと、右手に熊野神社がありました。
参道の中央が長野県・群馬県の県境だそうで、本殿は両県にまたがっていることになります。
熊にも遭わず、無事な峠越えに感謝して、お参りしました。


熊野神社 鳥居
【熊野神社 鳥居】

熊野神社
【熊野神社】

碓氷峠からは下りです。軽井沢駅の標高は940mらしいので、標高差は250mくらいでしょうか。

慣れない峠道を頑張って登って来た昔の旅人が、「峠を越せば・・・身は軽井沢」と唄った軽井沢へ向かいます。


「旧中山道 碓氷峠道跡」
【「旧中山道 碓氷峠道跡」 (拡大)】
碓氷峠遊覧歩道
【碓氷峠遊覧歩道】

中山道の手作り道標に従って適当に下って行くと、舗装道路に出てしまいましたが、その先からは碓氷峠遊覧歩道を下りました。


古い石垣があるのでここが旧中山道でしょうか、広葉樹の沢筋でとても雰囲気のいい道でした。
吊橋を渡ると別荘地になりましたが、少し先からまた細道に入り、やがて舗装道路に出ました。


石垣
【石垣のある歩道】

吊り橋
【吊り橋】

矢ヶ崎川に架かる二手橋を渡り、軽井沢ショウ記念礼拝堂を過ぎると芭蕉句碑がありました。

その先には、江戸初期開業の「つるや旅館」。ここからはもう軽井沢銀座です。左右のお店など見ながら軽井沢駅へ向かいました。


芭蕉句碑
【芭蕉句碑 (拡大)】
横川駅 バス停
【横川駅 バス停】

今日はジパングの横川往復割引切符で来たので、新幹線には乗らず横川駅までJRバスで戻りました。信越線を勝手に切断されて困りますが、バスがあるのでまあ許しましょう。(笑)

横川駅のバス停は駅舎の横、線路の切断先にありました。



旧中山道の坂本宿は昔の面影残る古い建物も点在し、碓氷峠越えの道は緑いっぱいで、楽しい旧道歩きでした。たまにはこうした史跡めぐりの山旅(?)もいいものだなあ~と思いました。

私は「山歩き」が趣味なので、旧中山道の山のレポになってしまいました。古い建物や旅籠、史跡や遺跡など「旧街道歩き」に関心のある方は、歴史好きなOさんのブログ「中山道てくてく旅」をご覧下さい。




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